バイクについて

投稿者: | 2016年11月18日
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ご存知の方もいると思うが以前は自動二輪車に乗っていた。
しかし、自動二輪車に絡んで様々な不祥事が惹起して、手放させられてしまって以来すっかり離れてしまい、そのまま乗れなくなってしまっている現状がある。
その後真実の追究が進んで、敵一味による悪辣な誘導が有ったことがわかっている。
バイクを手放させられる一番の要因になったのが、不必要になることが目に見えていたクルマへの誘導であったのだが、これは敵宗門が仕組んだ交際類似事犯とセットで画策されたものであり、当時は未だ真実の追究からスピンされていたためにキリスト教的価値観に毒されている社会常識に気付いていなかったために敵一味の煽りにまんまとノセられてしまっていたことが敵の仕組んだ罠に嵌められる原因となっていた。

最後のツーリングの時に著しい疲労感が襲ったことは年齢的なものとされていたが実はそうではなく、当時既に抱えていた腎臓疾患に起因するものであった。
その三週間後には人工透析に陥らされているのであるが、透析でもバイクに乗っている人はいるしそこは問題ではなかった。
しかし、それでは誘導が出来ないために敵は原因を隠蔽し、クルマへの誘導を強行し殊更にハタカセたというのが当時の状況であった。
しかも、敵一味は既に私が人工透析に陥ることがほぼ確定していたこと、クルマを買っても維持できずに程無く手放さざるを得なくなることを知ってこの誘導を行っており、悪質極まりない
その後の特に最初の1年が地獄のようであった。仕事は辞めざるを得なくなり、敵宗門が仕組んだ交際類似事犯、その後にはカメラを巡るスキャンダルがあり、更に医療関係者による不祥事があり、寺では孤立させられていた有様であった。
そして、これらのことが後に聖域なき見直しにつながり、敵宗門からの脱退につながっている。

特にここ3年ほどは敵に仕組まれたグルグル思考の影響と戦いながらの真実追究の旅路であった。
敵一味は、私が再び力を付けることを殊更に恐れているようであるが、そのためにグルグル思考に陥らせる誘導を仕組み、殊更にカネをハタカセていたことがわかっている。
このグルグル思考は、敵一味が悪辣な演出のために仕組んだものであったが、その後に敵は「聖域なき見直し」に対する対抗策としても利用してきたものであった。
ここにきて漸くそのグルグル思考からも抜け出すことが叶い、安定化への道を歩みだしたところである。
形の上では敵一味を切り離しているが、未だ悪辣な策謀が仕組まれ復興への道が妨げられている。

2013年当時のバイクの選定には確かに問題があったが、最近のブログでも書いたとおりそれでも一度買ったものは乗り続けられる限り乗っているべきであったのである。
最近の精査では、少なくとも15年春までは乗り続けられたであろうことが判明している。
従って、当該バイクについては名誉回復を行う必要があると判断した。
すべては敵一味に起因するものであり、全てのトラブルや不祥事は敵一味が絡んでこなければ起こりえなかったものだからである。
今後は、一度買ったものは可能な限り使い続けることを大原則とすることとしており、カメラやオーディオ機器などには既にこの原則を適用している。

一方で、当時は知り得なかったクルマ社会の問題というものが明らかにもなっており、公共交通への回帰、バイクや軽車両の活用の必要というものを痛感もしている。
クルマにはバイクとは比べ物にならないほどの電子機器や電装品が搭載されており、巨大な電磁波発生源でもあるのだ。
バイクに乗っていて眠気を感じることはあまり無かったが、車に乗っているとすぐに眠気を感じるのもこのためであり、このことはタブーとされてきたのだ。

従って、今後はクルマを禁制とし、バイクについては時の状況に応じて維持可能な範囲で認可する方針に変更する。
今後、復興の進行に応じてバイクの復活を計画しているが、車種についてはあくまでその時の状況次第での選択となるので現時点では明確な答えは出せない。
条件は、持続可能であることと他の大切なことを阻害しないこと、この二つが条件である。

今後の課題は、グルグル思考にさせられた影響で失ったものを取り戻すことと、敵一味に引き戻しを諦めさせることの2点にあると云っても過言でない。

敵宗門は今行っている重大なる挑発の代償を必ず払うことになるから宗門人どもはよく覚えておけ。

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